近年ニュースで、河川や地下水から暫定目標値を超える高濃度のPFAS(ピーファス:有機フッ素化合物 )が各地で相次いで検出されているという報道を見聞きしたことはないでしょうか。
その水は一部飲用水にも使用されていたため、住民が知らぬ間に高濃度のPFASを摂取している可能性が懸念され、対策が求められています。
参照:読売新聞オンライン「発がん性の恐れ、化学物質「PFAS」が全国の河川・井戸水から大量検出…国が対策へ」
PFASとは1万種類以上ある有機フッ素化合物の総称ですが、実は住宅用フッ素樹脂塗料の原材料としても使用されています。
今回は、フッ素樹脂塗料は環境汚染や健康被害の懸念があるのか、さらに規制が進み今後フッ素樹脂塗料は使用できなくなってしまうのか、などあわせて紹介していきます。
目次
PFASとは?
PFASとは有機フッ素化合物の総称であり、1万種類以上の物質があるとされています。
水や油をはじき熱にも強いという性質があり、いわゆる「テフロン加工」と呼ばれているフライパンの表面加工や、泡消火剤などさまざまな用途に使われてきました。
「永遠の化学物質」がもたらす影響
PFASは、残留性が高く水や土壌、体内に蓄積されやすいうえ、自然界では分解されにくいなど、その科学的安定性から「永遠の化学物質」とも呼ばれています。
その優れた性質から長い間我々に恩恵を与えてきたPFASですが、一方で免疫機能を低下させる作用や発がん性などの悪影響も指摘されています。幼い時に「永遠の化学物質」にばく露した人は体内に蓄積された有害物質と終生一緒に過ごすことになるのです。
PFASのなかでもPFOS(ピーフォス:ペルフルオロオクタンスルホン酸)とPFOA(ピーフォア:ペルフルオロオクタン酸)は特に健康へのリスクが懸念されており、環境省は2020年、河川や地下水など環境中に漏れ出したPFOSとPFOAの濃度について、合わせて1リットルあたり50ナノグラム(ナノは10億分の1)という「暫定目標値」を設けています。
参照:環境庁「水質汚濁に係る人の健康の保護に関する環境基準等の見直しについて」(第5次答申)について
冒頭で紹介した報道の件は、いくつかの自治体で調査をはじめた結果、PFASの中でも有害性の高いPFOSとPFOAが、各地でその暫定目標値を上回る値が検出されたというものです。
世界各国の動き
ドイツやフィンランドに代表される環境先進国が集う欧州圏では、PFOSとPFOA のみならず1万種類を超えるPFAS全体に対する規制が始まろうとしています。
規制が予定通り施行された場合(最短で2025年中予定)、日常品から塗料用フッ素樹脂を含む各種産業に至る幅広い分野で、猶予期間を経て製造も使用も制限されることになります。
規制はEU加盟国全体に適用されるため、EUに進出している日本の素材メーカーも対応する必要があり、日本社会にも大きな影響を与えることになります。
そのため、フッ素樹脂塗料を製造している私たち塗料メーカーも、欧州の制限案の行方とそれを受けた国の動静を注視しています。
塗料に使われているPFAS
外壁塗装のフッ素樹脂塗料に使用されるフッ素樹脂には、国産から海外産までさまざまな銘柄があります。
例えばプレマテックスが塗料に採用しているAGC社のルミフロン®は、交互共重合体を主鎖とし、その強固な結合エネルギーが紫外線による分解を防ぎ、塗装物を長期間保護することができる理想的な耐候性能を示すものです。
そのAGC社では、PFOSについては製造・販売実績がなく、またPFOAの製造・販売についても条約や国内の法令による規制に先立ち2015年に終了しています。
参照:AGC株式会社「PFAS」とは? 種類と用途、規制などについて
ルミフロン®含むAGC社のフッ素樹脂は、現時点で科学的に危険性が指摘されていないため、それを配合したフッ素樹脂塗料についても今まで通り安心してご使用いただくことができます。
しかし、海外製品を含む多くのフッ素樹脂が塗料製品となって市場に流通していることから、今後の調査や規制の行方によっては見直しを迫られる製品も出てくる可能性があります。
フッ素樹脂塗料は今後どうなる?
PFASの代替手段の確保には、どの産業分野でも相当の時間と研究開発が必要です。
塗料業界においても、橋りょうや鉄塔、トンネルなど公共工事が主である構造物や重防食分野で、フッ素樹脂塗料に替わる新しい代替品をすぐに規格化して採用することは現実的ではありません。
ですが、住宅の塗り替え工事ではどうでしょうか。
住宅用フッ素樹脂塗料を超える高耐候塗料
確かに、フッ素単体のポテンシャルに並ぶ新しい代替素材は現在存在しておらず、今後も見つからない可能性もあります。
しかし、フッ素樹脂「塗料」を超えるパフォーマンスを作り出せる素材はあります。
それが近年各メーカーが住宅用にラインナップを拡充している「無機有機ハイブリッド塗料」に使われている、シロキサンやSiO2(二酸化ケイ素)と呼ばれる無機由来の成分になります。
フッ素樹脂は高価な原料であることから、塗料中のフッ素含有量がほぼそのまま塗料の価格に比例します。そのため、価格の安いフッ素樹脂塗料は安いなり、高価なフッ素樹脂塗料は高いなりと言えます。
一方、無機有機ハイブリッド塗料はフッ素樹脂塗料とは設計の概念が異なるため、フッ素樹脂塗料よりも比較的安価に、ライフサイクルコストの低減を実現する高い耐候性を作り出すことが可能です。
「無機塗料」については以下の記事で詳しく解説しています。
住宅用高耐候塗料の今後
前述のとおり住宅の塗り替え用塗料に限って言えば、フッ素樹脂「原料」自体の代えはきかないものの、フッ素樹脂「塗料」がなければ産業構造や住宅塗装市場が破綻するというものではありません。
今回の欧州規制案の動向に関わらず、今後国内外の検査や健康被害の状況によっては遅かれ早かれ何らかの制限は進むと予想されますし、PFAS報道の過熱にともない市場でもフッ素全体が一緒くたに見られ、社会的なイメージが下がってしまうことも大いに考えられます。
そしてメーカー側としても、そのような将来的な需給バランスに不安の残る製品の開発にはリスクが伴います。
いま最も懸念されるシナリオは、欧州規制案の発行後、一定の猶予期間を経てPFAS全体の製造と使用ができなくなってしまうことですが、塗料に使用するフッ素樹脂においては猶予期間の延長品目にも指定されておらず、今後も指定されるかは不透明です。
そのため、PFASが必要不可欠な分野であれば、パブリックコンサルテーション等の意見表明によって特例(猶予期間)を確保しつつ、住宅用塗料であればPFASフリーな社会に向けて適正管理、使用削減、そして無機塗料のような代替塗料の拡充を早急に進めていく必要があると考えています。
パブリックコンサルテーション(市中協議):行政機関が政令、省令などを制定するにあたり、事前に命令等の案を示し、その案について広く市民の意見を募ること
おわりに
前述のAGC社のフッ素樹脂は建築塗料でも広く採用されており、PFAS問題に関しても科学的根拠に基づいた安全性や環境負荷の低減に取り組む企業姿勢をうかがい知ることができます。
住宅の塗り替えでフッ素樹脂塗料を提案された際には、PFAS規制案をふまえて、どういったフッ素樹脂が使われているのか、塗装業者の提案を聞いてみると不安も取り除けるのではないでしょうか。
塗り替えで使われるフッ素樹脂塗料が、作業者や居住者にとってただちに健康被害につながることは考えにくいですが、環境、健康、安全に対する意識や関心はますます高まってきています。
規制が遅れた結果、今では負の遺産と呼ばれているアスベストのように、フッ素も将来的にそうならないとは言い切れません。